台湾ポップス事情 その1 (原稿:師匠)

ところで、みなさんはどんなきっかけから中国圏のポップスを聴くようになりましたか?
わたしの場合は、もともと音楽が好きで特に、ジャズやクラシック等をよく聴いていました。ジャズは1960年代の末ぐらいから停滞が始まり、それにつれて興味もうすれてきました。またクラッシックにもあまり感動をおぼえなくなってきました。
そのころからほかに面白い物はないだろうかと南米のフォルクローレやサンバ等を聴き漁り、全欧、アフリカを巡り、中近東、インドのものをしばらく聴いていました。やがてこれにも飽きて東南アジア、中国圏のポップスを聴くようになりました。
ここ数年は中国圏の音楽が日本でもかなり知られるようになりましたが、ほんの十数年ぐらい前はやっと香港のポップスが少し量販店の棚に並びはじめた程度でした。
まだ、林憶蓮がやっとデビューしたころです。ヴィヴィアン周が初々しく日本のカヴァーをいっぱいやっていたので、香港ポップスは結構目につきました。

確かに、香港ポップスはカヴァーも多く、親しみやすくて結構楽しめるものも多いのですが、筆者がここ暫くきき続けているのは台湾語ポップスです。
台湾語ポップスは現地では台語(タイギ)歌(コア)と称されていますが、このタイギコアは汲めども尽きぬ泉の水というか、いちどはまり込むとなかなか抜け出しにくい魅力があります。

タイギコアには老歌(日本でいうナツメロ)からロックポップス系、オルタナテイブや少数ながらもニューエイジ、ラップまで揃っています。
今回は、まだタイギコアを聴いたことがない方のために、歴史的且つ今でも充分鑑賞にたえる名盤を何枚かご紹介してみましょう。

香港迷のあなたには羅大佑がお奨めです。最近の彼はやる気をなくして、新作を発表していませんが、おそらく、誰よりもはやく、チャイナポップスを改革した功労者にちがいありません。又別の機会に彼のことに言及したいとおもいます。
彼の作品はかなりの比率で国語版が広東語や台湾語になっていますので、オリジナルを映画や意外な所で聴いていたりして、知っていたりします。
彼の台湾語アルバムで先ず聴いて欲しいのは[原郷 ]です。彼のオムニバスアルバム[皇后大道東]のタイトル曲"皇后大道東"が"大家免著驚"という台語作品できくことができます。これには後でもふれます林強がゲストヴォ−カルで参加しています。
そして"青春舞曲2000"この曲も[皇后大道東]のなかに収録されている同名広東語曲の台湾語ヴァージョンで台湾の現状を皮肉った内容。
最近のものではOK合唱団を率いての[再会口巴!素蘭]のアルバムがいいでしょう。このアルバムのタイトル曲"再会〔口巴〕!素蘭"(国語版 告別的年代)を始め"恋曲1939"(国語版恋曲1990)等映画で聞いた曲がいっぱいあります。(この映画は、周潤發と張艾嘉の離婚した夫婦が復縁しそうになるところで、周潤發が事故で死ぬ話です。)
OK合唱団のアルバムはもう1枚あります。照屋林賢の作品もあります。国語迷には懐かしいあのハイトーンヴォイスの娃娃(ワーワー)"女子宣言"(アルバム随風、日本版発売された)が"冤家"という曲名で台湾語になって入っています。
まあ彼の場合は作品の使いまわしが多いという声もありますが、いい作品はどんな言葉になってもいい。ということでしょう。

羅大佑以外できいてほしいのは"伍佰"と先ほどふれました"林強"です。
彼等のアルバムは全部聴いてほしいのですが、1枚だけ選ぶとすればサントラ盤"トレージャーアイランド(原題:只要為イ尓一天)"がいいとおもいます。彼等以外にも台湾の若手アーチストで駆け出しのころの張震嶽が参加しています。特にボビーこと陳昇と伍佰がツインリードヴォーカルでやるロックバージョン"可愛的馬"が圧巻です。これについてはあとで詳しくふれます。

伍佰はトラックの運転手などをしながら、永い下積み生活を経てきた人で、始めのころの作品は水晶唱片のオムニバスアルバム[完全走調](1988年に第三回台北新音楽会が各地で活動している無名のミュージシャンに告知してデモテープを募集し選出、1989年末に発売されたの。多分これが伍佰の一番古い録音と思われる)[弁卓](1991年)で聴くことができます。{台語は楼仔ツー(雁垂れに昔)国語では小人国と合唱で唯一的地球で演唱}
しかし、残念なことに、現在では入手困難です。
これらには、自作自演の作品と編曲及びMIDI製作、伴奏などでも参加しています。そして、1992年8月にポニーキャニオンから第一作フルアルバム愛上別人是快楽的事がでます。
1994年12月発売の第二作は会社が変わって、浪人情歌(国語)がロックレコードからでます。
第一作目は、国語と台湾語の作品が、網羅されています。初めてきいたとき、面白いアルバムだと思って注目しました。それで台湾人の友達にきかせたのですが、ただひとりの女性が良いといってくれましたが、ほかのひとの反応は冷たい物でした。
この時良いといった女性が二作目のフルアルバム浪人情歌がでたとき、台湾で買ってきてくれました。しかし国語作品であったためか、第一作よりインパクトに欠けると思ったのを覚えています。
第二作品は勿論素晴らしい作品ですが、それより、1993年4月続いて発売された作品、トレージャーアイランド(サントラ版オムニバスアルバム原題只要為イ爾活一天)の可愛的馬におどろいてしまいました。(しかも、このアルバムは日本で発売されたもので台湾人の友人の話では、台湾版と内容が少し違うらしい)
三橋美智也の民謡演歌の曲が、なんとロックになっていたからです。(オリジナルは滾石第1流台湾歌1992年12月)
そして、愛情的尽頭(国語アルバム)樹枝孤鳥(初台語フルアルバム)と続きます。このアルバム樹枝孤鳥はトレージャーアイランドと共に是非聴いて欲しい作品です。

林強のフルアルバムは僅か4枚です。(オムニバスで1.2曲参加のアルバムなら他にもあります)全部きいてほしいのですが、[向前走]と[春風少年兄]はどちらもお奨めです。
1枚目の[向前走]は台湾の若者がこのアルバム以降タイギコアをききはじめたという歴史的作品集です。
林強の作品と陳昇と李宗盛が作品やプロデュースで参加しており、いまではとても考えられない贅沢なラインナップです。なかでは、なんといってもタイトル曲の"向前走"。それと"黒輪伯仔"です。どちらも若者に対するメッセージが含まれていて、色恋沙汰でない題材にもと付いた作品です。まあロックというよりは日本のニューミュージック風といった感じのものですがなかなかたのしめます。
ほかに、台湾人の心情を取り上げたものもあり、値打ちの1枚です。
もう1枚のほうはややロック色が強くなりアレンジはもっと垢抜けたものになっています。このアルバムは台湾では1作目ほど売れなかったようですが、タイトル曲をはじめ"査某人"や"玉蘭花"など興味ある作品が並んでいます。殊に"温泉郷的槍子"はなんと台湾語によるラップです。北投に起きた事件を題材にしたもので詞もなかなかうまくできています。

ロックポップ系でもう1人チェックして欲しいのは新宝島康楽隊を率いる先ほどでた陳昇です。国語ポップス迷の方のなかにはウエストコースト風AORの彼の作品を1度ぐらいは耳にしたことがあると思いますが、このバンド名でやる陳昇は全くちがう面を見せてくれます。
ライブ盤を含めて5枚でていますが特に、[新宝島第三輯]をおすすめします。歌詞はすべて国語訳が付いていますので、中文の出来る方は、台湾語と共にでてくる客家語の作品を日本語訳にトライしてみてみるといいでしょう。第一集も第二集にも環境問題や、台湾の社会問題を取り上げていてしかもポップスとして楽しめるものになっています。
とくに、第三集は全曲それぞれが工夫されたおもしろいものばかりですが、"歓聚歌"がなんといっても力作です。簡単に内容をいいますと、この美しい島に集う原住民、客家人、福老人、みんなで歌でもうたって仲良く楽しく暮らしていきましょう。といったものですが、何回聴いても飽きない作品です。

ポップロック系はこれぐらいにして、台語歌にカバーされた日本曲のあれこれについて少し話をします。
かれこれ十数年前のこと、台湾人留学生のグループとカラオケにいったとき、彼等はまだ日本に来て数ヶ月ぐらいなのに、やたら日本の曲をリクエストしては歌っていました。
不思議に思って、いったいどんなやり方で覚えたのか尋ねてみたことがありました。彼等の答えは、いま歌った曲の大半は台湾語にカバーされている、とのこと。そこでためしに"涙をふいて"(三好鉄生)を歌ってみました。
この曲も"只有孤単陪伴我"という台語歌になっていて、逆に彼等はこの日本曲のタイトルを手帳に控えるありさまでした。そんなことがあって、わたしは手当たり次第に台語歌のCDやテープを集つめていろいろ聴いてみました。
そこで分かったことは、古くは大正、昭和初期、(滝連太郎"荒城の月"や"浜千鳥"等)そして最近の作品まで網羅されていることや、おなじ曲が何人もの歌手にアレンジを変え何回も歌い継がれていること等であった。先ほどの"可愛的馬"は郭金発、江宸フ正調アレンジと伍佰・陳昇のロックアレンジがその典型です。

国語の日本語カヴァーはテレサ・テンがおそらく一番多いと思いますが、広東語は、アニタ・ムイがさきがけでしょう。でも台湾語の日本語のカヴァーほど古い歴史はありません。

みなさんは、殿様キングスの"浮き草の宿"という曲をきたことがあリますか。おそらく無い人の方が多いとおもいます。おもしろいことに、台湾では知らない人がいないというぐらい有名な曲"台北今夜冷清清"のオリジナルとしてよく歌われているそうです。
また、日本の物真似番組でよくとりあげられる、"潮来笠"(橋幸夫)は"彼個小姑娘"又"柳ヶ瀬ブルース"(美川憲一)は"淡水河辺"等と、日本人ならだれもが耳にした曲が数多くあり、筆者が調べただけでも百曲はこえています。台湾では 潘越雲の"情字這条路"をかわきりに、ここ数年国語歌手による台語歌のアルバムが目に付くようになってきました。(別項:歌手リスト参照)

そして、最近の傾向では、正調台湾演歌よりポップス系タイギコアが増えてきています。
国語と台湾語混じりのものや、ある部分だけ台湾語というのも増えてきました。機会があればこのあたりも、言及してみたいと思います。

ところで、台語歌を歌詞カードをみながら聴くと、中国語にない漢字のあることや、音が北京音より日本語の音読みに近いこと、中国語と同じ単語なのに音が全然ちがうことなどにきがつきます。
これが台湾語の特徴で、このほかに、促音が有ることや清濁の区別をする、鼻音の多用等がおもなものとなっています。少し説明を加えますと、(異字体については歌詞の註にあったりするので、よくでてくる漢字の意味だけみることにします)
著:在、到、就、対、で対応する。
末(又は未に衣扁):不会、不能、等で対応。
代誌:事情。
〔才龍〕:総。
伊:他。
擱:再。
甘:進んでやる、歓んでする、
頭路:仕事。
細漢:少年時代。
叨位:〔口那〕里。
生理:商売。
時陣、時拵:その時。
出外:家を出て他郷で生活する。
孤単:一人ぼっち。
越頭:振り返る。
また、中文の経験者がよく誤解する間違いに、台湾語と同じ表記で意味が全く異なる単語をやくし間違えることです。
又あらためて次回に詳しくやりましょう。

(K師匠・2000年)
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